結論:ターンスピットドッグは、回し車を走って肉焼き串を回していた実在の使役犬です。
胴長短足の犬として知られ、16世紀にはすでに記録が残っています。
19世紀に調理器具の機械化が進むと仕事を失い、1900年頃までに犬種として姿を消したと考えられています。
ウェールズの博物館には、当時の犬の剥製や実際に使われた回し車が残されています。
ターンスピットドッグとは?厨房で働いていた実在の犬
ターンスピットドッグ(ターンスピット犬)は、主に16〜19世紀のイギリスで、肉焼き用の回し車を動かしていた犬です。
犬が家族の一員として暮らすことの多い現代とは違い、当時は犬の働く能力が重視されていました。
猟犬は獲物を追い、牧羊犬は家畜を誘導し、ターンスピットドッグは厨房で調理を手伝いました。
どれも人間と犬との関係を表していますが、ターンスピットドッグの場合は少し特殊です。
犬の脚力そのものが、調理器具の動力になっていたのです。

ターンスピットドッグの名前の意味

ターンスピットドッグの英語名は「Turnspit Dog」です。
「Turn」は回すこと、「Spit」は肉を刺して火にかける長い串を意味します。
つまり、肉焼き串を回す犬という、仕事そのものを表した名前でした。
また、Vernepator Cur(ヴァーネペイター・カー ラテン語で「車輪を回す犬」)などの呼び名も知られています。
歴史資料には「Turnespet」や「Canis vertigus→目が回る犬(dizzy dog)」という表記も登場します。
当時は、現代の犬種登録制度のように血統を厳密に管理していたわけではありません。
そのため、こうした名称を、すべて現在の正式な犬種名や学名と同じ意味で扱うことはできません。
むしろ注目したいのは、犬の外見ではなく、何の仕事をするかによって名前がつけられていたことです。
ターンスピットドッグは、料理をするために必要とされた犬だったのです。
いつ、どこで使われていた犬なの?
ターンスピットドッグの記録は、少なくとも16世紀のイギリスまでさかのぼります。
当時の大きな厨房では、暖炉の火で肉の塊をじっくり焼く調理法が一般的でした。
ただし、肉を火の前に置くだけでは、火に近い側ばかり焼けてしまいます。
そこで肉を串に刺し、ゆっくり回転させながら焼く必要がありました。
最初は人間がその仕事を担っていましたが、長い時間、一定の速さで串を回し続けるのは大変です。
そこで犬を回し車に入れ、その動力を利用する方法が使われるようになりました。
大きな屋敷や宿屋、酒場などでも利用されていました。
イギリスのナショナル・トラストが所蔵する17世紀の犬用回し車は、実際に酒場の暖炉に設置されていたものです。
参考資料:National Trust|17世紀のDog wheel
ターンスピットドッグの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 英語名 | Turnspit Dog |
| 別名 | Vernepator Cur、Turnespetなど |
| 主な活動地域 | イギリス、ウェールズなど |
| 記録が確認できる時期 | 16世紀以降 |
| 主な仕事 | 回し車を走って肉焼き串を回す |
| 体型 | 胴長短足の犬として記録される |
| 利用されていた場所 | 大きな屋敷、宿屋、酒場など |
| 衰退した時期 | 19世紀 |
| 絶滅時期 | 1900年頃までに姿を消したとされる |
| 現存資料 | 文献、絵画、回し車、剥製 |
| 現在 | 独立した犬種としては現存しない |
現代の犬種図鑑にはほとんど登場しませんが、人間の生活を支えていた歴史上の犬です。
昔の犬はペットだけではなかった
今でも警察犬、盲導犬、災害救助犬など、人間の暮らしを支える犬はたくさんいます。
しかし、昔は犬がもっと直接的に生活の仕事を担っていました。
猟犬は食料となる獲物を追い、牧羊犬は羊をまとめ、そり犬は人や荷物を運びます。
ターンスピットドッグも、そんな働く犬の一種でした。
日本にも、人間の仕事に欠かせなかった犬がいます。
その代表が樺太犬です。
樺太犬は厳しい寒さに耐えながら、犬ぞりや荷物の運搬を担いました。
南極観測隊とともに働いたタロとジロも樺太犬です。
タロとジロはなぜ南極で生き残れた? 置き去りになった15頭の樺太犬とその後を読むと、人間の仕事と犬種の歴史が深く結びついていることがわかります。
ターンスピットドッグと樺太犬では、働いていた国も仕事も違います。
それでも、人間の暮らしが変わると犬の役割まで変化してしまうという共通点があるのです。
ターンスピットドッグはどうやって肉を焼いていた?
犬が肉を焼くと聞くと、犬が串をくわえて走り回る姿を想像してしまうかもしれません。
しかし、実際にはもっと合理的な仕組みでした。
犬が走る運動を車輪の回転に変え、その力を肉焼き串に伝えていたのです。
回し車の中を走って肉焼き串を回す

仕組みはハムスターの回し車によく似ています。
大きな木製の車輪の中に犬が入り、走り続けると車輪が回ります。
車輪の回転は軸や歯車、鎖などの機構を通じて肉焼き串に伝わります。
すると、火の前に置かれた肉がゆっくり回転するわけです。
串が回転することで、肉の一部分だけが焼けすぎるのを防ぎます。
犬は火の中に入るわけでも、直接肉を扱うわけでもありません。
それでも、犬が走らなければ調理が進まない仕組みでした。
| 順番 | 犬と装置の動き | 起こること |
|---|---|---|
| 1 | 犬が回し車の中を走る | 車輪に力が加わる |
| 2 | 車輪が回転する | 犬の運動が回転運動になる |
| 3 | 軸や鎖などが動く | 回転が肉焼き装置へ伝わる |
| 4 | 肉焼き串が回る | 肉の向きが少しずつ変わる |
| 5 | 肉が均等に火に当たる | 焼きむらを減らせる |
現代なら電気モーターが行う仕事を、犬が担っていたと考えるとわかりやすいですね。
なぜ人間ではなく犬に任せたの?
肉焼き串を回す仕事は、もともと人間が行っていました。
しかし、大きな肉を焼くには長い時間がかかります。
その間、ずっと串を回していなければなりません。
厨房ではほかにも、食材を切る、鍋を火にかける、料理を運ぶといった仕事があります。
人間が串を回す作業から離れられれば、その分、別の仕事に人手を使えます。
そこで利用されたのが犬の脚力でした。
| 比較 | 人間が串を回す | 犬が回し車を走る | 機械式の肉焼き装置 |
|---|---|---|---|
| 動力 | 人間の腕力 | 犬の脚力 | ぜんまいなどの機構 |
| 作業時間 | 長時間の手作業 | 犬が走っている間 | 装置の作動中 |
| 必要なもの | 働き手 | 犬と回し車 | 機械の購入・維持 |
| 問題点 | 人間の負担が大きい | 犬への負担が大きい | 導入費用や保守が必要 |
| 普及した時代 | 古くから | 少なくとも16世紀以降 | 18〜19世紀に普及が進む |
犬を使う仕組みは、人間にとって便利でした。
ただし、人間の負担を減らすために、犬へ負担を移していたという側面もあります。
犬は何時間も走り続けていたの?
大きな肉を焼くには時間がかかります。
その間、回し車を動かす犬にも長時間の運動が求められました。
具体的に何時間走ったのかは、肉の大きさ、調理方法、装置の構造などによって変わったと考えられます。
すべての犬が毎日何時間も走っていたと断定できる記録はありません。
ただし、仕事が大変だったことをうかがわせる資料は残されています。
ウェールズのアバーガベニー博物館の収蔵資料によると、犬を過度に疲れさせないため、2頭を交代で働かせることがあったそうです。
一頭が走っている間、もう一頭を休ませるという方法です。
これは、犬を休ませる必要があるほど負担の大きな仕事だったことを示しています。
肉焼き以外にも犬の力を利用した機械があった
犬が回し車を走る仕組みは、肉焼き以外にも応用されました。
たとえば、バターを作るための攪拌機を動かす装置です。
昔のバター作りでは、クリームを長時間かき混ぜる必要がありました。
そこで犬の運動を回転動力に変え、攪拌機を動かす方法も考えられました。
犬は厨房の動力源として、さまざまな作業に使われていたのです。
もちろん、ターンスピットドッグがすべての装置を動かしていたとは限りません。
肉焼きに使われた犬と、ほかの機械を動かした犬は区別して考える必要があります。
現代では、電気モーターによって簡単に行える作業です。
しかし、電気が使えなかった時代には、人間や動物の力をどのように機械へ伝えるかが大きな工夫だったのです。
参考資料:ウェールズ国立博物館
ターンスピットドッグの姿と実在した証拠
ターンスピットドッグは、昔話に登場する空想上の犬ではありません。
16世紀の文献、歴史的な図版、実際に使われた回し車、そして剥製が残されています。
これらを組み合わせることで、どんな犬が、どのような仕事をしていたのかが見えてきます。
ただし、資料によってわかることは違います。
実在したことを示す資料と、外見や血統について判断する資料は分けて考える必要があります。
1576年の『Of Englishe Dogges』に記録がある
ターンスピットドッグの存在を示す重要な資料の一つが、1576年に出版された『Of Englishe Dogges』です。
この本は、ジョン・カイアスがラテン語で書いた犬に関する研究を、アブラハム・フレミングが英語に翻訳したものです。
その中には、肉を焼くために車輪の中で走る犬が紹介されています。
車輪の中を走る犬の体重によって回転が生まれ、それが肉焼きの動力になるという説明です。
つまり、16世紀にはすでに、この仕組みが人々に知られていたことになります。
ここで興味深いのは、当時の犬の分類方法です。
現代では犬の体型、被毛、血統などによって犬種を分類することが一般的です。
しかし、カイアスの時代には、どのような仕事をする犬なのかが重要な分類基準でした。
| 昔の犬の呼び名 | 主な仕事 | 現代との違い |
|---|---|---|
| Turnspit | 肉焼き串を回す | 仕事に由来する呼び名 |
| Harrier | 獲物を追う | 現在の犬種名にもつながる |
| Shepherd’s Dog | 羊などの家畜を管理 | 牧羊という役割で分類 |
| Water Spaniel | 水辺での狩猟を手伝う | 仕事に適した能力を重視 |
当時の分類名が、そのまま現代の同名犬種と同一の血統を意味するわけではありません。
ターンスピットドッグも、現在の純血犬種とは少し違う存在だったと理解するのが適切でしょう。
ターンスピットドッグは胴長短足だった

画像出典:https://twitter.com/tenpurasoba4
ターンスピットドッグは、胴が長く脚が短い犬として知られています。
歴史的な図版や記述には、脚が曲がっているように見える個体も登場します。
こうした体型は、回し車の中で走る仕事と関係していた可能性があります。
ただし、短い脚や曲がった脚が、長年の労働によって生じたものだと断定することはできません。
もともとそのような特徴を持つ犬が選ばれ、繁殖されていた可能性もあります。
また、当時の犬がすべて同じ大きさ、毛色、体型だったとは限りません。
現代の犬種のように外見を統一することより、仕事をこなせることが重視されていたと考えられます。
ウェールズの博物館に剥製Whiskeyが残っている
ターンスピットドッグが実在したことを感じさせる資料が、ウェールズのアバーガベニー博物館に残る剥製「Whiskey(ウイスキー)」です。
Whiskeyは19世紀のターンスピットドッグとされ、現在もその姿を伝える貴重な資料になっています。
胴が長く、脚が短い姿は、現代のダックスフントやコーギーを思い出させます。
しかし、見た目が似ているからといって、同じ血統というわけではありません。
この剥製が重要なのは、伝承や絵画ではなく、実際の犬の身体が資料として残されていることです。
博物館の記録では、Whiskeyは現存する最後のターンスピットドッグの標本とされています。
ここでいう「最後」は、最後に生きていた個体がWhiskeyだったと証明されたという意味ではありません。
現存が知られている剥製標本として、特に重要だということです。
Whiskeyの写真は、People’s Collection WalesのWhiskey収蔵資料で確認できます。
18世紀の本物の回し車も残されている

犬が走っていた回し車も、実物が残っています。
アバーガベニー博物館には、18世紀後半の犬用回し車の記録があります。
当時の人々が犬の運動を機械の動力として利用していたことを示す、重要な資料です。
また、ナショナル・トラストには17世紀の回し車が残されています。
こちらは、ウィルトシャー州ラコックの酒場にあった暖炉の設備です。
この装置では、車輪の回転を鎖で肉焼き串へ伝えていました。
犬用回し車が実際の厨房設備として利用されていたことがわかります。
収蔵資料:18世紀の犬用回し車/17世紀の回し車
歴史資料からわかること・わからないこと
ターンスピットドッグの歴史を調べるときには、何が確認できて、何がまだ不明なのかを区別することが大切です。
| 資料 | 確認できること | 断定できないこと |
|---|---|---|
| 1576年の文献 | 肉焼きに使う犬が存在した | 現代的な意味での血統 |
| 歴史的な絵 | 犬と装置の使い方や外見 | 全個体の正確な体型 |
| Whiskeyの剥製 | 一頭の実際の外見 | 犬種全体の外見の統一性 |
| 17〜18世紀の回し車 | 実物の機械構造 | すべての厨房での利用方法 |
| 19世紀の記録 | 犬の扱いや衰退の様子 | すべての個体の生活 |
ターンスピットドッグが実在したことは確認できますが、当時のすべての犬が同じ血統や体型だったとは限りません。
この違いを理解すると、古い犬種の歴史をより正確に読み解けます。
ターンスピットドッグはどんな暮らしをしていた?
人間にとって便利だったターンスピットドッグの仕事は、犬にとって決して楽なものではありませんでした。
暖炉の近くで長い時間走ることは、体力を必要とする作業です。
当時の記録には、犬が仕事を嫌がったという逸話や、犬を交代で働かせたという話が残されています。
ただし、当時のすべての飼い主が同じ方法で犬を扱っていたわけではありません。
歴史的な証言と、後世に伝えられた物語は区別する必要があります。
火の近くで長時間走る過酷な仕事だった
ターンスピットドッグの仕事場は厨房でした。
大きな暖炉では、火を使った調理が長時間続きます。
肉が焼き上がるまで串を回し続ける必要があり、その動力となる犬にも運動が求められました。
犬用の回し車は暖炉の近くに設置されることがありました。
そのため、運動による疲労だけでなく、周囲の熱も負担になったと考えられます。
ただし、すべての装置が同じ位置や構造だったわけではありません。
犬の働き方は、厨房ごとに違っていた可能性があります。
Whiskeyの収蔵資料には、犬を2頭ずつ飼い、交代で働かせることがあったと説明されています。
こうした記録からも、継続的な作業を必要とする仕事だったことがうかがえます。
仕事を嫌がって逃げる犬もいた

ターンスピットドッグには、仕事を嫌がって逃げたという逸話があります。
調理の準備が始まると、回し車に入れられることを察して姿を消してしまう犬がいたという話です。
犬が逃げてしまい、ほかの家から犬を借りなければならなかったという話も伝わっています。
1918年に発表された犬用回し車に関する資料でも、こうした逸話が紹介されています。
もっとも、これは当時のすべての犬が仕事を嫌がっていたという証拠ではありません。
個別の逸話として扱う必要があります。
それでも、犬が回し車に入る仕事を、必ずしも喜んでいたわけではなさそうだと感じさせる話です。
参考史料:T. J. Westropp(1918年)Dog-Wheel at Fortanne, Co. Clare
教会に逃げ込んだという有名な逸話
ターンスピットドッグには、日曜日に教会へ連れていかれたという有名な逸話もあります。
ある教会で説教が行われていたときのことです。
説教の中で「車輪」という言葉が使われると、犬たちが一斉に逃げ出したというのです。
普段から回し車で走らされていた犬たちが、その言葉を仕事と結びつけたのかもしれません。
犬が人間の言葉に反応するのは、現代の飼い主にもおなじみのことですね。
ただし、この逸話が史実としてどこまで正確なのかはわかりません。
犬たちの過酷な仕事を象徴する話として、後世に語り継がれてきたものと考えるのがよいでしょう。
犬は道具として扱われていた?当時の記録に残る労働環境
ターンスピットドッグの暮らしを理解するには、当時の社会で犬がどのように見られていたのかを考える必要があります。
現代では犬を家族として迎えることが一般的ですが、当時は働く能力によって犬の価値が決まることもありました。
ターンスピットドッグにとって、肉焼き装置を動かすことは主な役割でした。
犬が休みたくても、調理が終わるまで仕事が続く場合もあったでしょう。
一方で、2頭を交代させるという記録も残されています。
つまり、当時の犬たちが一律に同じ扱いを受けていたとはいえません。
19世紀には動物の扱いを見直そうとする社会的な動きも広がりました。
しかし、ターンスピットドッグが仕事を失った主な背景には、厨房設備の機械化がありました。
犬の労働が厳しかったという問題と、犬が使われなくなった理由は、分けて考える必要があります。
現代の動物福祉から見ると虐待だった?
現代の動物福祉では、犬の健康状態や休息、身体的・精神的な負担に配慮することが重視されます。
その視点で見ると、暖炉の近くで長時間走り続ける仕事には問題があります。
犬が自由に休むことができず、疲れていても走るよう強いられていたなら、適切な飼育環境とはいえません。
ただし、当時のすべての飼い主が犬を虐待していたと断定することもできません。
犬の扱いについての資料は限られており、個体による違いもあったはずです。
大切なのは、現代の価値観だけで過去を単純に裁くことではありません。
当時の社会事情を理解しながら、犬にとってどんな生活だったのかを考えることです。
ターンスピットドッグの歴史は、人間と犬との関係が時代によって大きく変化してきたことを教えてくれます。
ターンスピットドッグはなぜ絶滅した?子孫はいるの?
ターンスピットドッグが絶滅した最大の理由は、厨房の機械化によって仕事を失ったことです。
犬が走って肉を焼く仕組みは、長い間、人間の調理を支えていました。
しかし、機械式の肉焼き装置が普及すると、犬を動力として使う必要がなくなります。
さらに、犬を仕事のために繁殖し続ける理由も薄れていきました。
こうして、かつて必要とされていた犬が、歴史の中から姿を消していったのです。
機械化で肉焼きの仕事がなくなった

肉焼き串を回す装置は、少しずつ改良されていきました。
ぜんまいなどの仕組みを使い、犬や人間が回し続けなくても肉を焼けるようになったのです。
19世紀には、比較的安価な自動肉焼き装置が普及していきました。
これによって、犬が回し車を走る必要は少なくなりました。
ナショナル・トラストの資料でも、19世紀半ばまでに「clock jack」と呼ばれる肉焼き装置が犬用回し車に取って代わったと説明されています。
もっとも、機械が発明されたその日に、すべての犬が仕事を失ったわけではありません。
新しい機械が普及するには時間がかかります。
厨房ごとの経済状況や設備の違いによって、犬の利用が続いた場所もあったと考えられます。
16世紀から絶滅までの歴史年表

| 時代 | 出来事 | ターンスピットドッグへの影響 |
|---|---|---|
| 1576年 | 『Of Englishe Dogges』に登場 | 犬が肉焼きに使われていたことが文献に残る |
| 17世紀 | 犬用回し車が厨房や酒場で使われる | 調理の動力として利用される |
| 18世紀 | 犬用回し車の利用が続く | 犬の仕事として定着 |
| 19世紀前半 | 機械式の肉焼き装置が普及 | 犬の必要性が減る |
| 19世紀半ば | 犬用回し車が次第に使われなくなる | 使役犬としての役割が衰退 |
| 19世紀後半 | 独立した集団として維持されにくくなる | 繁殖の継続が難しくなる |
| 1900年頃 | 犬種として姿を消したとされる | 絶滅した犬種として歴史に残る |
この年表からわかるのは、ターンスピットドッグが突然いなくなったわけではないということです。
機械の発明から普及までには時間がかかり、犬の利用も段階的に減っていきました。
仕事がなくなり、繁殖されなくなり、最後には独立した犬種として維持されなくなったと考えられます。
仕事を失った犬はなぜ残らなかったの?
犬は仕事を失っても、家庭犬として飼われ続ける場合があります。
実際、かつて働くために育てられた犬種の多くが、現在は家庭で暮らしています。
それでは、なぜターンスピットドッグは残らなかったのでしょうか。
一つの大きな理由は、肉焼きという特殊な仕事のために利用されていたことです。
人々がその仕事を必要としなくなると、同じ特徴を持つ犬を繁殖し続ける目的も薄れました。
また、19世紀には犬種の血統や外見を重視する考え方が広がっていきました。
そうした社会の変化の中で、ターンスピットドッグを独立した犬種として保存する動きは十分に広がらなかったようです。
犬が絶滅したという場合、必ずしもその犬の遺伝的な特徴が完全に消滅したことを意味しません。
ほかの犬と交雑して血統の一部が残っていた可能性もあります。
しかし、ターンスピットドッグという独立した集団は維持されなくなりました。
同じように、人間の仕事を支えてきた樺太犬も、輸送手段の変化によって役割を失っていきました。
タロとジロを支えた樺太犬の歴史を読むと、犬の仕事がなくなることと、犬種そのものが衰退することの関係がよくわかります。
コーギーやダックスフントは子孫なの?

ターンスピットドッグの姿を見ると、コーギーやダックスフントを思い浮かべる人もいるでしょう。
胴が長く、脚が短いという特徴は、たしかによく似ています。
しかし、見た目が似ていることと、血統的につながっていることは別です。
ターンスピットドッグと現在の犬種の関係については、いくつかの説や伝承がありますが、直系の血統関係が確認されているわけではありません。
| 現存犬種 | 共通点 | 血統的な関係 |
|---|---|---|
| ウェルシュ・コーギー | 短い脚と長めの胴 | 関連するという説はあるが未確定 |
| ダックスフント | 胴長短足の体型 | 直系の子孫とする確かな証拠はない |
| グレン・オブ・イマール・テリア | 低い体型と使役犬の歴史 | 回し車で働いたという伝承がある |
| その他の小型使役犬 | 人間の仕事に適した体型や能力 | 個別の血統関係は不明 |
グレン・オブ・イマール・テリアは、ターンスピットドッグとの関連で名前が挙がることのある犬です。
ただし、実際に肉焼き用の回し車で働いていたかについては、伝承と確認された史料を区別する必要があります。
歴史的な犬種の系譜は、現在の犬種のように詳細な血統記録が残っているとは限りません。
したがって、現在のコーギーやダックスフントがターンスピットドッグの直接の子孫だと断定することはできません。
絶滅した犬種はほかにもいる?

歴史の中で姿を消した犬種は、ターンスピットドッグだけではありません。
サザン・ハウンド、タルボット・ハウンド、クライズデール・テリアなど、かつて人間の生活を支えていた犬種の中には、現在では独立した犬種として残っていないものがあります。
ただし、絶滅した理由はそれぞれ違います。
| 犬種 | 主な役割 | 姿を消した背景 |
|---|---|---|
| ターンスピットドッグ | 肉焼き装置の動力 | 機械化と繁殖の減少 |
| サザン・ハウンド | 嗅覚を使った狩猟 | 狩猟方法の変化や他犬種との交雑 |
| タルボット・ハウンド | 猟犬 | 他犬種との交雑や犬種の変遷 |
| クライズデール・テリア | 小動物の狩猟など | 他のテリアとの交雑や人気の変化 |
犬種の絶滅は、単純に個体が死に絶えることだけを意味するわけではありません。
ほかの犬種との交雑によって、独立した犬種としての特徴や繁殖集団が維持されなくなる場合もあります。
こうした犬種の歴史は、絶滅犬種 その原因は?で詳しく紹介しています。
犬種を残すためには何が必要だったの?
ターンスピットドッグの歴史を考えると、もう一つの疑問が浮かびます。
仕事を失った犬種は、必ず絶滅してしまうのでしょうか。
答えは、そうとは限りません。
犬種として残すことを望む人々がいて、継続的に繁殖や保存が行われれば、仕事を失っても犬種が残る場合があります。
日本の犬種保存の歴史は、その一例です。
日本では明治以降、海外から多くの犬が持ち込まれ、日本犬との交雑が進みました。
その中で、日本犬の特徴を残そうとする保存活動が行われ、柴犬、秋田犬、紀州犬、甲斐犬、四国犬、北海道犬の6犬種が天然記念物に指定されています。
| 比較項目 | ターンスピットドッグ | 日本犬6犬種 |
|---|---|---|
| 主な歴史的役割 | 厨房の動力 | 猟犬や番犬など |
| 社会の変化 | 肉焼き装置の機械化 | 生活様式の変化と洋犬との交雑 |
| 保存活動 | 独立した犬種として維持されなかった | 保存団体などによる取り組み |
| 現在 | 犬種として絶滅 | 犬種として現存 |
もちろん、日本犬とターンスピットドッグでは時代も社会環境も違います。
ただ、犬種が残るかどうかには、人間がその犬の特徴を保存しようとするかどうかも深く関係しているのです。
日本犬はなぜ天然記念物?6犬種の特徴・指定された理由・飼えるのかを解説では、日本犬の保存の歴史を詳しく紹介しています。
まとめ|ターンスピットドッグが伝える人と犬の歴史
ターンスピットドッグは、回し車を走って肉焼き串を回していた実在の使役犬です。
16世紀にはすでに文献に登場し、17〜18世紀に使われていた回し車や、19世紀の犬の剥製も残されています。
しかし、19世紀に調理器具の機械化が進むと、犬がその仕事を担う必要はなくなりました。
やがて独立した犬種として維持されなくなり、歴史の中から姿を消していったのです。

ターンスピットドッグは実在した犬だった
ターンスピットドッグは、単なる昔話に登場する犬ではありません。
1576年の文献には、肉を焼くために回し車を走る犬が登場します。
さらに、現存する回し車やWhiskeyの剥製によって、当時の犬と仕事の様子を知ることができます。
歴史資料を組み合わせることで、実在したことが確かめられる犬なのです。
絶滅した最大の理由は仕事の消滅
ターンスピットドッグが姿を消した大きな理由は、機械化によって肉焼きの仕事がなくなったことです。
しかし、犬の仕事がなくなったことだけですべてを説明できるわけではありません。
犬を繁殖する人が減り、独立した犬種として維持されなくなったことも重要です。
人間の暮らしの変化が、犬種そのものの運命を変えた例といえるでしょう。
剥製Whiskeyは歴史を伝える貴重な存在
ウェールズのアバーガベニー博物館に残るWhiskeyの剥製は、ターンスピットドッグの外見を今に伝える貴重な資料です。
犬種としては絶滅しても、その姿と人間のために働いた歴史は残されています。
小さな剥製を見ると、かつて厨房で走り続けていた犬たちの暮らしを想像できます。
犬と人間の関係は時代とともに変わってきた
現代では犬を家族の一員として大切にする家庭が増えています。
しかし、犬が人間の生活を支える働き手だった時代も長く続いてきました。
ターンスピットドッグの歴史は、そんな人間と犬との関係を振り返るきっかけになります。
人間にとって必要だった犬が、社会の変化によって役割を失い、犬種として姿を消してしまう。
それは少し寂しい歴史ですが、犬種を保存することの意味を考えるうえでも重要な出来事です。
ほかにも、歴史の中で姿を消した犬たちについては、絶滅犬種の種類と姿を消した理由で紹介しています。
ターンスピットドッグについてのよくある質問
Q1. ターンスピットドッグは本当に実在した犬ですか?
A. はい。1576年の文献、17〜18世紀の犬用回し車、19世紀の剥製などが残っており、実際に肉焼き用の動力として働いていた犬であることが確認できます。
Q2. ターンスピットドッグはいつ絶滅したのですか?
A. 19世紀に機械化によって仕事を失い、1900年頃までに独立した犬種として姿を消したと考えられています。
ただし、最後の個体が死んだ正確な年月日は確認できません。
Q3. ターンスピットドッグは現在も生きていますか?
A. 現在、独立した犬種としては存在していません。
ただし、ほかの犬種との交雑によって遺伝的な特徴の一部が残った可能性まで否定できるわけではありません。
Q4. コーギーやダックスフントはターンスピットドッグの子孫ですか?
A. 胴長短足という共通点はありますが、現在のコーギーやダックスフントがターンスピットドッグの直系子孫であると確認されたわけではありません。
Q5. なぜ犬に肉を焼かせていたのですか?
A. 大きな肉を焼くには、火の前で串を長時間回し続ける必要がありました。
犬が回し車の中を走ることで、人間が串を回し続ける仕事を減らせたためです。
参考資料
この記事では、ターンスピットドッグの歴史について、16世紀の文献、博物館の収蔵資料、歴史研究、専門家への取材記事を参考にしています。
史実として確認できることと、後世に伝えられた逸話や推測は区別して紹介しています。
【16世紀の文献】ジョン・カイアス著、アブラハム・フレミング英訳(1576年)『Of Englishe Dogges』。Wikisource掲載の復刻テキスト。
【19世紀の剥製】Abergavenny Museum所蔵「“Whiskey” the turnspit dog, 19th century」。People’s Collection Wales。ターンスピットドッグの外見と、交代で働かせていた記録を紹介。
【18世紀の回し車】Abergavenny Museum所蔵「Dog wheel turnspit, 18th century, Coed Cernyw, Monmouthshire」。People’s Collection Wales。犬の運動を肉焼き串に伝えていた装置の実物資料。
【17世紀の回し車】National Trust Collections「Dog wheel(NT 149377)」。ウィルトシャー州ラコックのGeorge Innで使用された木製回し車。19世紀の機械化についても解説。
【歴史解説・取材記事】NPR/GBH(2014年5月23日)「Turnspit Dogs: The Rise And Fall Of The Vernepator Cur」。博物館関係者や犬の歴史研究者への取材をもとに、犬の労働と絶滅までの歴史を紹介。
【歴史研究】Thomas Johnson Westropp(1918年)「Dog-Wheel at Fortanne, Co. Clare」『The Journal of the Royal Society of Antiquaries of Ireland』第6シリーズ第8巻、184ページ。アイルランドに残された犬用回し車に関する記録。


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